蘭ぷのにっき

キツネと音楽が好きな人のブログです。

起業したい!【特支をもっと編③】

前回はこちら

 

ramp-kei.hatenablog.com

 

 

とにもかくにも、

 

お金がない!!!

 

また、保護者の協力・了承が必要絶対条件?である以上、この療育システムは成立しない!!!

 

 

この現状です。

 

 

X(旧Twitter)でも、こんな私にアドバイス等をしていただけて本当にありがたいです。

 

 

福祉事業のが、やりたいこととしては確かに「近い」

んだろうなぁ~と。

 

 

そう、あくまで「近い」。

 

 

職場が年末年始からようやくスタートし、職場の後輩や同期等にも「夢物語だけど聞いてくれません?」と前置きをして、脳内構想を伝えてアドバイスなんかももらった昨日今日。

 

 

 

1つの結論にたどり着いたんです。

 

分かってたんだけど。

 

残酷な結論なんですけど。

 

 

・教育、保育 の時点で、

 生活がひっ迫する。

(薄給が決定する)

 

 

・支援を必要としていない子や親を支援する(療育する)ことは、事実上の不可能。

 

 

ということでした。

 

2つ目は、もしかしたら怒られるかもしれませんね。

 

教員なのに支援をしないんですかー!?って。

 

 

してますよ。。。

 

しているけれど、通常学級(35人学級)の中に紛れている中で、たった1人の担任ができうる支援には、限界があります。

時間も、能力も、知識も、全て。

 

それを、定額働かせ放題なんて言われている

 

「公教育の担任」ってだけで、

7時から20時まで休憩時間も一切なくやらされたら、

 

 

そんなん、定員割れなんてなるに決まっているじゃないですか。

 

 

 

って、こんなんはただの愚痴ですよね…。

 

 

 

 

後味が悪いですが、

 

とりあえず私のお悩み?起業したい編でした。

 

 

次回、

 

起業したい!【ボードゲーム編】

 

※これについては起業ではなくて、転職しろよ!って思われたらもう仕方ないですけどね。

 

ご一読ありがとうございます。

起業したい!【特支をもっと編➁】

 

前回までのあらすじ

 

起業をしたい!

 

 

理由① →

 

世の中良くしたい!

 

具体的に →

 

保護者の負担や協力を最小限に、

必要としている児童が療育(特別支援)を受けられるよう第二の学童保育所を作りたい。

 

 

詳細はこちら↓

 

ramp-kei.hatenablog.com

 

 

ただ、既にデメリットや解決しなければならない問題があり。

 

 

そしてそれについての打開策が思い浮かばないので、こちらでもぞもぞ書いている次第です。

 

 

【改善が必須な問題】

大きく分けて3つにすると、

 

①金銭面と指導員の確保

 

➁非協力的(現実を受け止めていただけない保護者)は、

その学童を利用すること自体を拒絶するのでは?

 

③学校側・現存する学童と連携を図る事から、双方の業務量が増えてしまう

 

 

の3つです。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

①金銭面と指導員の確保

について。

 

 

当然ですが、施設が必要になります。

感覚過敏・ADHDの児童に配慮をするとなると、小~中サイズの部屋が複数あることが望ましいので、プレハブ小屋みたいなのをドーンと建てたら解決!というものでもないと思います。

 

 

また、人件費がかかります。

グレーゾーン・ブラックゾーン の児童と関わりながら、療育も行うということは、個別での指導(最低条件大人1に対して子ども2人)が必須です。

 

※もちろん理想は大人1子ども1です。

 

仮に児童を30人預かるとすると、

最低でも指導できる人が15人は必要になります。

(この時点で絶望ですが、机上の空論を書きます)

 

 

 

例えば、5時間目の授業が終わった14時~19時(5時間)の預かりをしたとして、

シフトを11時~19時(休憩1時間で実働7時間)(児童がいない時間で準備・清掃等)を組むとすると、

 

Google調べの

「「「東京都の最低賃金は、2024年10月1日より時間額1,163円です。これは、都内で労働者を使用するすべての事業場と、そこで働くすべての労働者に適用されます。」」」

 

都内の最低時給1163円(今回は計算が楽なので1200円で)

 

時給1200円×7時間×週5日×4週間=168000円 が

 

最低ラインで必須。

 

 

仮に15人を雇うとしたら、

168000円×15=

2520000円 

が最低限かかる。

(維持費、教材費などは計算を楽にするために今回はカットで)

 

 

学童保育の利用料(Google調べ)

年額平均の児童1人あたり年間の平均利用料 公立公営=45,271円

※公立公営とは、いわゆる公営の施設 公立民営=78,484円

 

今回、非協力的な保護者でも利用をしていただけるために、

公立公営よりも高い料金はもってのほか。

 

仮に月額45000円の利用料だとすると、

 

45000円×30人の児童=

1350000円

を月にいただけることになる。

 

その差

 

-1170000円!!!

 

破綻!!!

 

 

 

手厚い支援には、どうしても人件費を掛けなければいけないけど、

それが実際にできない難しさ。

 

 

がどうしてもあります。

 

もちろん、これは最低時給で考えているので、

現実にはそうもいかない…というのも悩みです。

 

 

実際に私も過去に学童クラブで働いていたことがありますが、

 

実際に手取り17万前後だった時は、生活が苦しくて、

早々に、転職を考えていました。生活できません、その時給じゃ。

 

 

 

とにかく、金銭面での解決策が。

どん詰まりです。

 

 

―――――――――――――――――――

➁非協力的(現実を受け止めていただけない保護者)は、

その学童を利用すること自体を拒絶するのでは?

 

 

これは、その通りで。

 

そもそも非協力的な保護者は、そもそも発達検査(WISC等)を受けない、

面談ではキレる、児童の課題を担任や学校側の指導力の問題とする、などなどです。

 

そのような思考の保護者に、

 

言い方はもちろん考慮・配慮をするにしても

 

「あなたのお子さんは、支援が必要です。

 

通常の学童保育の利用では、必要な療育を受けられません。

今後のために、同じ保育時間・遊びなどをしながら、

個別最適化で療育もうけつつ保育をしませんか?」

 

 

と伝えて、納得してもらえるのか……?

 

 

答えは、NOですよね。。。

 

かといって、強制的にそちらに通わせるシステムには、

学童保育である以上、お金を収めていただく以上、

強制はできない。

 

ジレンマです。

 

 

――――――――――――――――――

 

③学校側・現存する学童と連携を図る事から、双方の業務量が増えてしまう

 

グレーゾーン・ブラックゾーンの児童を、

必要かどうかを知るためには連携が必須。

 

 

という事は、

学校にお邪魔をしたり、時には授業の見学をしたり、

担任の方と面談をしたりも求められます。

 

もしくは、書類を作成してもらって、

その学童に行く児童を選定する必要があります。

 

 

さて、

一番学童保育を利用する学年が多いのは?

 

1年生です。

 

 

1年生は入学した段階から、学童に行きます。

その年にもよるでしょうが、

4月6日?7日?とかが入学式ですかね。

 

約1週間で、4月1日から必死に学校の準備をする中で。

 

新1年生の担任の先生は、入学式準備・名簿作成

年度初めの意味わからん量の職員会議・分掌会議。

アレルギー面談・学級準備などなどなどなど。

 

そんな中で、顔もよく分からん1年生の名簿と各保育所が作成したトイレにいけるだの、偏食もちだの、鉄棒が得意だのの書類を見比べて、

 

「あ、この子は通常学童でも平気だと思う」

「この子は、ちょっと癖がありそうだから、特別支援学童(仮)かな」

 

と選んでもらう。

もしくは、一緒に面談をしながら一緒に選ぶ。

 

 

 

これは、、、

現役で教員をしている私でも想像できます。

 

 

やってられん!!!

 

これ以上、教員の仕事を増やしちゃだめだって...

 

そう思ったら、これも解決しなければいけない問題なんです。

 

 

でも、解決案が出ないんです...。

 

 

長すぎたので、今日はここまで。

起業したい!【特支をもっと編①】

 

自分の仕事に対する考え方を整理していきたいと思います。

 

※文章の稚拙さや誤字脱字は、ご了承ください。

 

 

まずは起業をするにあたって、

起業をしたこともない私の素人考えを書こうとすると。

 

 

「そもそも起業ってなんでしたいんですか?」

 

世の中もっと良くしたい

 

なんですよね。

 

Youtubeでの番組で見ていたとある社長さんが言っていた内容なんですが、新しいシステムを生むってことは、それで誰かがハッピーにならないと意味がないものだと思うんですよね。とのことでした。

 

 

既存のシステムを改良するでも良し、

新規のシステムを構築するでも良し、

自分の中での最高のラーメンを作りたくてラーメン屋を営むでも良し、

 

とにかく良いものを生み出していきたい、という前提で考えております。

 

 

―――――――――――――――――――

 

さて、

 

私がまずここ数年で考えている案の一つ目ですが、

 

 

【支援を必要としている子が療育を受けつつ、

 子どもを預かることができるサービス】

 

です。

 

一種の放課後デイサービスに近いイメージではあります。

 

 

そもそもこれを提案したい理由としましては、

 

現役で小学校教員をやっていて、すごく感じる悩み?もやもや?は。

 

「正直、グレーゾーン(ADHDASD・LDなどなどなど)の児童が本当に増えている」

「言葉だけはネットで一人歩きしているが、実際に療育や支援を必要としている子やその親が、そのことに気づかない(気づいても認めない)ケースが多い」

発達障害という言葉でどうしても、受け入れてくれない親がいる」

「グレーゾーンが増えている→多様性の時代→まともに、真面目な子はひたすらにグレーゾーンの子に対しての我慢をすることになっている」

 

等があげられます。

 

特に最後の「我慢」という表現は、もしかしたら炎上案件かもですが、あえて私は我慢と書きます。

 

これは例え話ですが

社会性が身についておらず、多動性が抑えられない子が、運動会のダンスの2人組のペアで、自分の好きな子じゃない時に、「何で俺がこんなやつとペアなんだよ!最悪!」と言ってダンスに参加をしないとします。

それで、ペアの子はなんとかなだめようとするのですが、それに対して「うぜえ!」と言って手を振りほどいて叩く。

こんな風に拒絶をされても、”良い子”は我慢をして、その子とペアを組み続けてやるらなければダンスが成立しなくなる。だって、良い子には、良い子なりに、今まで生きてきた信頼や期待があるのだから。

 

 

――――――――――――――――――

 

さて、話を戻しますと、

 

今現在、ほとんどの子は低学年~中学年の児童は学童保育を利用しています。詳しい割合は出せませんが、共働きが当たり前、公園などでの遊び場が希薄になっている日本教育では想像はたやすいのではないでしょうか。

 

 

 

学校が終わる→ ・学童に行く児童

        ・新システムに行く児童

 

に、なれないだろうか。

 

学校・学童と連携して、【第二の学童】という扱いで、行かない選択肢を減らせないものだろうか。という内容。

 

放課後等デイサービスしかり、

特別支援教育しかり、

 

上記にも述べたグレーゾーン、もはやブラックゾーンの児童であっても、言ってしまえば保護者の許可や申請、手続き、決められた専門機関で発達検査を受ける 等が必須になる。

 

つまり、

 

児童が療育を受ける=保護者の協力が必然

 

なんです。

 

 

なんどでも言いますが、協力的な保護者は良いんです。

 

でも、家庭の事情、環境、金銭面などで

「協力したくても無理!」

「うちはうちのやり方があるから支援は要らない!」

「元気に育ってくれたらいい!」

 

なんて考えの家庭の子は、療育を受けることなく、そのまま身体だけが大きくなる。小学生はもしかしたらギリギリ仲良しこよしが成立するかもしれない。

 

でも、中学では?部活動は?お金の使い方は?

定期テストは?受験は?

 

 

全部の学校が、とはもちろん言いませんが。

 

小学校の頃よりも、中学・高校では3倍以上の不登校児童がいます。

 

 

「なんか友達がいない」「なんか、一人でいる」

「孤独を感じる」「運動もやる気が起きない」「ゲームだけがたのしい」

「勉強は分かんない」「部活は集団行動が苦手」

「真面目にやっても、誰も認めてくれない」

 

こんな風に、小学校高学年から、なんとなくから始まって、学校に行きたくない理由をどんどん出せるようになってきたら、もうあとは……

 

そうならないために、

 

幼児期~小学校中学年における療育がなによりも大切なんです。

 

と私は思っています。

 

 

なので、

 

この新システムでは、行くかどうかを親が決められる、のではなく。

 

連携をした上で

「通常の学童保育に行くグループ」

「新システムで療育を学びながら保育を受けられるグループ」

 

に分けたいな。と。

 

施設も分けて、社会性や運動機能を養うプログラム、少人数制の遊びを通して人との関わりを保育しながら学べる場所。

 

そして、学童保育所と連携をすることで、異動や他の子との関わりも補償。

 

 

 

 

どうですかね。

 

 

次回、

 

想定しうるデメリット編!!!

 

 

 

【終】霊感なんてあまり信じてなかった話

東京に戻ってから、

そういえば家具が変に動いていたり、アンプのセッティング変わっていたりというようなことは無くなった(気がする)。

 

元々、気がする程度だったのだが、意識をすればするほど自分の傍にいた何かが居なくなっていたような気はする。

 

 

 

連絡先を交換していたMさんとは、後日お礼の連絡を入れたら

「困ったことがあったらお互い様なので。」

 

と、「らしい」文面が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

それからは、クリスマスムード全快な雰囲気に立ち眩みを感じたり、胃腸炎→インフルエンザという訳の分からないムーブをかましたりしていた。

 

体調が悪いときに気を紛らわそうと、

ライブ配信アプリを導入し、見事に【推し】を見つけた話はまたどこかで。

 

 

 

これにて、このお話はおしまいです。

 

 

 

霊感なんてあまり信じてなかった話13

 

 

付箋紙くらいに折りたたまれていたその紙を取り出して、中身を読んでみた。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

蘭へ

 

ごめん。

上手く言えないけど、出ていくことにするよ。

 

 

多分君は優しいから私が居続けてもしばらくは我慢してくれると思うけど、それじゃ私はいつまでも依存するから。

 

 

この手紙も、見つけることはないと思うけどなんか自分がいたっていう形をなんでもいいから残したくもなったんだ。

 

 

 

楽しかったよ。

 

偽物ばっかだったけど、ごめん。

 

 

 

じゃぁ。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

手紙はそこで終わっていた。

 

 

栞さんらしい短い手紙は、

月日が経っていたからか日焼け?をしていて。

 

 

紙の四隅には、水滴を吹いたような跡があった。

 

 

 

 

不動産屋業者「蘭君って書いてあるから……多分、〇〇さん(俺のこと)のことですよね?」

 

 

俺「そうですね…。」

 

 

 

なんとも言えない気持ちがこみ上げていたところだったが、ある意味で一人じゃなくて良かったと今になって思った。その場ではちょっと黙ってほしいなと思っていたのも事実だが、入居予定もないのに部屋に上がらせてもらえただけありがたいので何も言わなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

それからは、その足で桑原さんに言われた寺院に向かい、

栞さんが残していった財布と携帯電話、そして手紙を全て渡して。

 

 

 

本当のさよならをした。

 

 

 

 

 

 

ここまでが大きな話です。

もう少しだけおまけ程度に続きますが、乱雑な文章で申し訳ないと思っています。

 

 

霊的な話とは無関係ですが、年末年始にかけて体調が崩れています。

元々の文才・計画性の無さに体調不良というどうしようもない言い訳でだらだらと書き綴っていましたが、次回あたりで終われそうです。

霊感なんてあまり信じてなかった話12

それからは少し日にちを空けて。

 

 

その間には、本業の方にも戻って仕事をして。

 

12月24日(日)のクリスマスの日なら……と不動産業者から打診があり、見に行かせてもらうことが決定した。

 

 

 

大学から2駅電車に乗ったところにある駅。

私の知っているお店も景色も、どれもが少しずつ変わっていた。

 

 

当時、家賃39000円という都内、急行が泊まる駅としては破格のボロアパート。

 

2階建てて、その安さからよく分からん言語の外国人が大半住んでいた木造の建物は今も残っていた。

 

不動産業者「で、▲▲号室のお部屋ですと、今は入居はされていないですね。」

 

 

俺「そうですか。すこし見させてもらってもいいですか?」

 

不動産業者「よければ中も見ます?」

 

 

 

昔と変わらない、個人のその業者の人は。

そう言って、扉を開けてくれた。

 

 

 

あぁ、、

 

 

懐かしいな。

 

 

 

6畳の部屋と狭いキッチンがある廊下。

この時代に不釣り合いすぎるバランス窯のお風呂。

設計ミスったとさえ感じられる、大きすぎるくらいの窓。

 

 

 

家具などはないが。

 

栞さんと住んでいたその部屋があった。

 

 

 

押し入れの襖を開けると、昔ながらの2段構造のままだった。

 

1段目に布団と収納ボックスを入れて、

2段目には突っ張り棒で服を干していたっけ。

 

 

そんなことを思って少しかがんでみると、2段目の裏の奥の部分に白い紙のようなものが挟まっているのを見つけた。

 

 

俺「ん?なんだこれ。」

 

 

不動産業者「どうかしました?」

 

俺「いえ、なんか…紙みたいのが挟まっているみたいなんで、ちょっと潜ってみていいですか。」

 

不動産業者「下段は狭いので、頭気を付けてくださいね。」

 

 

 

そうして、下段に潜ってその白い紙に手を伸ばすと、B5くらいの紙が小さく折りたたまれたものが出てきた。

 

 

霊感なんてあまり信じてなかった話11

守ってくれていた霊は、おそらく私の祖母に当たる人だと思う。

 

 

私の父の母に当たる人は、私が生まれるよりも前に家を出たという話を幼少期に聞いた。今聞いてもあり得ない話だが、父が子供の頃。祖父は何気ない喧嘩から祖母を追い出したそう。

 

 

元々、父は祖父への不信感が強く(祖父の代よりも上までは組にも入っていたとかなんとかで、親指がないわ、虐待はするわが当たり前の家庭だったと壮絶な話も昔聞いた)、そんな中で、自分の母親を一方的に家から追い出したことで、父と祖父の関係は最悪になっていた(らしい)。

 

また、勝手に母を追い出したにも関わらず、生活力のない祖父に2人の子供を育てる力はなく、住み込みの家政婦を「疑似的な母役」として雇っていた。

 

この住み込みの家政婦のことを、私は物心がつくまでは【実の祖母】だと勘違いしていた。

 

 

 

 

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祖父がなくなったのは、約5前のことだった。死とともに、家政婦さんは姿を消し、闇の思い出しかない家と土地はすぐに売りに出したという事後報告を父に聞いた。

 

 

 

私を護ってくれていたのは、おそらく、家を追い出された祖母に当たる人なんだろうなと直感で思った。これを調べる術はおそらくないが、自分を守ってくれる年老いた人の霊というのはここしか思い当たる節がなかった。

 

 

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桑原さんの話を聞いて、祖母が私を護ってくれているのだと嬉しい半分、もう死んでいるんだという事実で哀しさを感じてしまった。

 

 

 

Mさん「で、もう一人いましたよね…?」

 

 

桑原さん「その子は気にしなくていいよ。2人憑いてたから、遊んでると思ってついてきちゃった浮遊霊だよ。学校の先生だと多分、住み着いてる霊もいるんだと思うよ。しばらくは憑いてると思うけど、普通に生活してたら学校にまた住みなおすから大丈夫だよ。」

 

 

M「へ…へぇ……」

 

 

 

 

と、自分に憑いていた霊の全貌を聞かされる頃には、ごはんも食べ終わっていた。

 

 

 

俺「……一緒に住んでいたアパートに行ってみようかと思います。」

 

 

桑原さん「そうしなさい。後は自分でできるかい?」

 

俺「はい。Mさん、また東京帰るまででいいので車出してもらってもいいですか?」

 

M「それはいいですよ。」

 

 

 

そうして、私は桑原さんの家を出ることになった。

 

 

Mさんの車の中では、当時住んでいたアパートを管理している不動産屋に電話をして、一度外観だけでも見させてもらえないかと頼んだ。

 

 

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そろそろ終わります。15くらいで締めれたらいいなと思っています。